マカオから歩いて国境を越えると、そこはまったく違う世界だった。珠海口岸広場の地下街はとにかく広くて、熱気に満ちていた。
まっすぐ続く地下通路の両脇には、日系チェーンの飲食店もずらり。たこ焼き、チャーハン、見慣れた看板にちょっとホッとしながら、気づけばチャーハンを口にしていた。でもそのすぐ近くには、「これ本物?」とつい口に出したくなるようなお店もあって、この空間すべてが“見るもの”として楽しい。
珠海の繁華街といえば蓮花路。夜に訪れると、意外と人はまばらだった。だけど、お店の明かりは消えていなくて、「この街はまだ眠らないんだ」と思った。
そしてふと、横道に目をやると――
そこには、“アングラ感”漂う路地裏が広がっていた。整いすぎていない、ちょっとゴミが落ちたような通り。それが、なぜかすごく愛おしくて。私はその路地裏だけで、珠海という街が大好きになった。
珠海は経済特区と呼ばれている。でもその“整いすぎていない感じ”が、良い意味で裏切ってくれる。
ホテルだって、たった2500円で広い部屋。ぜいたくなんかじゃないけど、旅人にはちょうどいい。ちょっと薄暗い廊下、ぬるい空気。その全部が、旅の記憶になっていく。
朝、もう一度蓮花路を歩いてみた。昨夜とはまるで違う表情で、中国らしい市場の光景が広がっていた。
生肉が吊るされ、野菜や果物がごろごろと並ぶ。地元の人たちが交わす声が飛び交い、その中に混ざって歩く自分が、ちょっとだけ“旅人”を超えたような気がした。
マカオに戻る朝、入境所はすでに人で溢れていた。押し寄せる波のように列が進み、そして止まり、また進む。
この光景はきっと、陸続きだからこそ見られるもの。それにしても、人が多い。人のエネルギーというものを、目に見える形で体験した気がした。
ひとつだけ、心残りがあるとすれば――港町らしい海辺の風景を、ほとんど見られなかったこと。
本当は、海沿いを歩いてみたかった。そして、珠海にあるいくつかの有名な観光地にも行ってみたかった。
でもね、街を歩くだけでも十分だったんだ。「また来たい」って、自然と思えた。
整っていない路地、アングラな雰囲気、地下街の熱気、それらすべてが“肩書きでは測れない珠海”をつくっていた。
港町としての珠海には、まだ出会っていないけど、この街の「雑多さ」に惹かれたこの旅は、きっと何度思い出しても笑ってしまう気がする。
また歩こう。今度は、海辺をてくてくと。
高層ビルと静けさと、ちょっとの驚きを歩いた日
海風が香る珠海と未来を駆ける深圳。短い旅路でも残った、確かなまなざし。そんな珠海と深圳の空気を少しだけ切り取ってみました。