香港の北、中国大陸側にまるで別世界のような都市がある。
深圳。
香港から日帰りで行ける都市。今回はふらりと訪れた短い旅だったけれど、その体験はとても濃かった。
入境所を抜けると、そこには巨大な広場と商業施設が広がっていた。香港とはまた違う、一気に中国大陸らしさを感じる風景。「ここが深圳なんだ」と、足元からじわじわ実感する瞬間だった。
入境所から観光スポットの1つである京基100まではタクシーで数分。約3kmの距離で400円ほど。その安さにまず驚くけれど、もっと驚いたのは――
音がしないこと。
走っているのに静か。周りにも多くのタクシーが走っているのに、静か。都市のざわめきをすり抜けて、音のない未来がすぐそこにある。深圳のタクシーはEV(電気自動車)。その静けさが、この街の“進んだ時間軸”をそっと教えてくれた。
地下鉄では、まるで空港のような荷物検査。そして車内には警官が巡回している。少し緊張しつつも、整然とした秩序と清潔さに安心感を覚えた。
地下鉄のホームが光を反射して、少し眩しいほどに綺麗だった。きっとここでは、「都市の静けさ」はデフォルトなんだ。
都会好きにはたまらない光景――
高くそびえるビル群が視界いっぱいに広がる。見上げれば、空を削るようなビルたちが立ち並んでいる。この街は、上を向いて歩きたくなる。
足元も空も、全部が整っていて、眩しかった。
そして忘れちゃいけないのが、深圳の象徴ともいえる高層ビル、平安国際金融中心(Ping An Finance Center)。その高さはなんと約600メートル。ビルというより、もはや空に向かって伸びる“塔”のようだった。
下から見上げて、思わず「わあ……」と声が出た。高い、という言葉では足りないほど高い。都市の重力すら超えていきそうな、そんな存在感があった。
このビルの展望台からは、深圳の全景はもちろん、香港の方角まで見渡せるという。次こそは、ここから夜景を見てみたい。空と街が溶けあうような、その瞬間に立ち会いたい。
けれど深圳の魅力は、それだけじゃない。ビル群の隙間には、アートの気配がふいに現れる。たとえば大扮油画村。そこには、筆の跡が残るキャンバスと、じっと絵を見つめるまなざしがある。
未来的な都市のなかに、人間らしい“温度”がある――それが深圳という街の、私がいちばん好きなところ。
東門の繁華街に足を踏み入れると、そこはまるでお祭りのよう。平日なのに人が多くて、熱気に包まれていた。話し声、笑い声、屋台の香り――都市の“鼓動”って、たしかにこういう場所にあるのかもしれない。
最後に、ひとつだけ悔いがあるとすれば――夜の深圳を見られなかったこと。
国際平和金融中心からの夜景が、きっと素晴らしいとわかっていたのに、今回はそれを胸にしまったまま帰ることになった。
けれど、だからこそ思う。「この街には、まだ続きを見に来る理由がある。」
ハイテク都市とは聞いていた。だからこそ無機質で、機械的で、なんだか冷たいような都市なのかなと思っていた。でも、深圳は違った。
音のないタクシーが未来を連れてきて、絵筆の残る壁が、人の温度を残していた。
また来よう。今度は、夜の街を歩くために。
海風が香る珠海と未来を駆ける深圳。短い旅路でも残った、確かなまなざし。そんな珠海と深圳の空気を少しだけ切り取ってみました。